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スペインNo.1のピンチョスに舌鼓 ーサンティリャーナ・デル・マールからバヤドリッド その2ー

2010年11月21日 12:44

昼食を摂り、この日の後半=午後は一路、バヤドリッドへ。
途中、寄ればプラセンシアという都会もありますが、疲れてる、そして田舎好きの我々3匹は揃って『パス』。特に旅も終わりが近づいてくると、まっいいか病が蔓延し、結構すっ飛ばしてしまいます。
ちなみにプラセンシアはフロミスタからジャスト30kmと近く、高速は整備中で国道N-611号線を行きますが、スイスイと流れますのですぐに着きます。我々は郊外をバイパス状に走る国道で街の東側を抜け、市の南側で高速A-62号線にのりました。プラセンシアからその日の宿泊地であるバヤドリッド迄は約45km、これまた高速だと30分ほどで行けます。
が、高速の出口で珍しいことですが渋滞が。
スペインではなかなかの大都会ということもありますが、北側からだと市に繋がる道路が限られているので、そこに車が集中するのが原因のようです。それとても、下の一般道に降りてしまえば、その先は普通に流れてはいます。ここまでずっと無かった渋滞にちょっと苛ついてしまいましたが、まあ可愛いものではありました。

バヤドリッドで渋滞

↑この旅行では2回目の渋滞。前回はサンティアゴ・デ・コンポステーラでしたから、本当に稀なことなのです。

バヤドリッドで私達が予約したホテルは、市の中心部の西側を流れる川の更に西側。ということで、街中=チェントロまでは10分ちょっと歩きます。バヤドリッドも歴史のある街でありますが、いわゆる旧市街という言葉を使うほどには市の中心部も古めかしくはありません。しかし、広場を中心に教会や市庁舎などが連なる造りは同じであり、道が細かったり入り組んでいたりするのも他の昔からの街と変わりません。
それだけに、車では行き辛いので、私達としては出来れば避けたい。そして、建物の古さもあって安ホテルの方が目立ち、内部を改装してといのもありはしますが、それなりの設備のホテルで手頃な値段となるとむしろ中心部からは少し離れがち。あくまでも中心部でのホテルを、それもそれ相当の内容でと思うと、結構値段がはることになります。

バヤドリッドの中央広場

↑ヨーロッパの街ではどこでも見掛ける風景ではあります。それでもいいなーと思う理由は、寛ぐ人々、そして旅行者ものんびり出来る外カフェ、そして中央広場に立てばそこが街の臍ですから何処へ行くにも解り易いなど。で、必ず立ち寄ります。見所の教会は大抵がそこに面しているか、そうでなくともすぐ傍ですし。


さて、プラセンシアはパスしたのと同じ具合で、バヤドリッドでは観光もそこそこ。
そもそも、ホテルに着いてほっと一息で休んだのが、ちょっと遅いシエスタとなりまして.....とことこ歩いて、川を越えて、中心部に着いたのはもう夕暮れ時。それに、現地ブランド(といっても高い物ではありませんが)のお店を見掛けたかみさんと義理の母がショッピングを始め、手持ち無沙汰に待つ私。
観光というか、街の雰囲気を味わったら、さあ晩飯だ!
が、ここでいささか参ったのが、いいお店が見つからないとうか、この街の飲食街が解らない。あちこち歩いては見たのですが、多くの街で見掛ける、レストランが道の両側に並ぶ食べ物屋通りが無い?そのうえ、なんともピンとくるレストランが見当たらない。
と、その時、かみさんが
「ここはどーお? ほら。」
と見付けたのが、なんとピンチョスで連続金賞を受賞というバール。お腹がペコペコでしっかり喰うぞ、という程でもなかったこともあり、バールで軽くはいいねーとなりました。それに、ショーケースに並んだ品々は金賞受賞に違わぬものばかり。
バールで軽くつまむ、それをお酒を結びつけ、あるいは食事とすると、甘いものやフルーツなどはあまり思い浮かべないことでしょう。が、生クリームや様々な種類の果物等も使うというか、そういった類いこそがこのバールの売り物のようでした。
この旅行で最初にバールに入るの躊躇したのは今や昔。店の外まで溢れる人を掻き分けて、しっかりカウンターに陣取って、本当は注文の度にするお勘定も纏めて最後でいいですねと、すっかり慣れた私達でした。
一品ずつが少量で低額だから、色んな種類が楽しめます。パンに具を載せたピンチョスは、お酒につまみになりつつ、程よくお腹にもたまります。なので、特に胃腸がそこまで大きく無い日本人というか、若いとき程には食べられなくなった私達のような存在には丁度良い。
だから、 バールはハシゴも出来ます。少し食べたら、また別の店で違ったものを。
その土地の食材が使われている物、あるいは好みの食材を使った一品や他のお店とは一風変わった物等、色々と楽しめます。スペインに行かれる事があれば、バールは是非ともその旅の楽しい一部として下さい。

金賞バール

↑さすがに大盛況の金賞受賞のバール、それも2年連続。ピンチョスあるいは小皿料理のタパスの種類も豊富。

金賞バールで甘いもの

↑一般的な酒のおつまみ、あるいは食事とったイメージとは異なるかもしれませんが、菓子パンで甘いものもあったりしますから、それを思えばでしょうか。また、デザートワインなどもあるわけで、甘いものも悪く無い。それも含めて色々と食べました。

バールのはしご

↑そして、バールのはしご。スペインの夜は長い、そして皆、元気だ!

再びのロング・ドライブ、巡礼路を縦断 ~サンティリャーナ・デル・マールからバヤドリッドへ その1~

2010年11月18日 13:10

旅の終盤、疲れでダウンもありましたが、何とか頑張ってまたもやのロング・ドライブです。
日本からの往復には、行きに成田からの夜行便で早朝パリ着の便があることから、エール・フランスを使っていますが、パリのシャルル・ドゴール空港とスペインの間を結ぶ航空便を行き帰りとも使いました。今から考えれば、帰りの便はなにもマドリッドからでなくともあったかもしれませんが、まあ時間的に都合のいい便は他の空港からではなかなかないかも。で、最初からマドリッドと決めていました。
ということで、ビスケー湾にほぼ面する街から、延々と長距離を移動してマドリッドを目指すわけです。この日はまずバヤドリッドまで、そして翌日にマドリッドへと2日をかけて500km近くを走りました。

サンティリャーナ・デル・マールを出発して10kmも走れば高速が使えます。南へと、ピコス・デ・エウロパから連なるカンタブリアの山地を越えて行くのには、高速A-67号線を辿ります。その番号が表すように新しい高速で、私達が旅した2006年にはまだ工事中の区間もありました。現地で購入した地図でも2005年から使用開始といった表示もあったりで、一旦降りてちょっと走ったらまた乗るといったことも。
勿論のことトンネルが掘られてはいますが、1500mを超える山もある地域を通っていくので、結構な勾配を登っていきます。高速にのってすぐにトレラベルガ(Torrelaverga)という大きな都市を通りますが、その先はすぐに山間に入って行き交う車も少なくなり、今日は大変そうだなという気分になります。
ひたすらアクセルを踏み続ける運転手のかみさん。これまでも酷使してきた右足が痛いと訴えるのも、実にもっとも。旅ってものは楽しいけれど、こうなると疲れも半端ではありません。というか、こんな長距離移動になる旅はもう組まない方がいいねと、次の旅行がいつになるかは解らないけれど、目を見合わせて頷くのでした。

それでも、50kmも走れば山間部はほぼ抜けて、あの乾燥した中央高地へやってきます。その高原台地を流れるエブロ河の源となるエブロ湖湖畔の街、ベイノサ(Beinosa)をパスして、更に高速を走ること約35km、高速が尽きたところにある、アギラール・デ・カンポー(Aguilar de Campo)の街で一休みです。
観光ブックにまでは載りませんが、巡礼路を紹介したスペイン観光局の資料で、その美しい町並みや北の海から内陸部を結ぶ交易路上の重要な拠点として栄えた歴史など、ちょっと寄ってみたいなとそそられました。街のつくりは、中央広場があり、そこに面して市庁舎や教会がと実にヨーロッパでは標準的なものですが、アーケードの続く様や近くの湖から引かれたお堀の雰囲気などが、おしゃれな感じです。
そして、街の教会が内装の修復をしていたので、その様を見れたのが収穫でした。普段は結構遠くからしか見られない祭壇や神像などを、それこそ真近に、正しく目に前にし、それも修復の為に解体しているので細部の造りなどが解って、なるほどなとなります。見事な一体感のある造りのものが、実際には幾つもの部品から成り、へーそんな風に組み立てたていたのかと、感心して見ているとあっという間に時間が経ちます。

アギラール・デ・カンポーのアーケード

↑なんとなく雰囲気は伝わりますか?アギラール・デ・カンポーのアーケードにて、街の中央広場を眺める。このようなアーケードのある街って、無くはないけれどそんなに多くも無いような。あっても、ごく一部だったりで、中央広場をかこってぐるっとはいい造りです。

アギラール・デ・カンポーのお堀

↑緩やかな流れに水鳥が遊び..... ほっとする風景です。もっとも、鴨なんぞを見掛けるとすぐに「美味そうだなー。」と呟いて、かみさんの顰蹙を買ってしまう私ですが。

アギラール・デ・カンポーで修復

↑修復中で、いつもは教会の壁の高ーい所にあるものが、すぐ目の前に。細部まで良く解ります。ところで、このドラゴン退治をする聖人は何っていう名前でしたっけ?

今日は先がまだまだ長いので、切り上げて、さあ出発です。
それにしてもスペイン内陸部の高地は本当に乾燥しています。風邪っぴきには宜しく無い。で、ごそごそと飴など取り出して、3匹してなめだします。水分補給もしっかりねと、買い込み、車に積み込んだペットボトルも手にします。しかし、考えてみればペットボトルも回し飲みじゃあ、風邪もうつろうってものですよね。今更言っても後の祭りですが。
などと言いつつ、更に南へと車を走らせます。高速ではないものの、広大な大地を走る国道N-611号線は、カーブは緩やかで信号はないし、車は他にほとんど走ってないしで、実際には高速と大して変わりはありませんでした。制限時速が無ければ、実際、高速並みのスピードだってあり得そう。まあ、それを守っても80kmはいけるわけで、スイスイと移動は速いものです。
辺りは、時に畑を目にする程度で、起伏や緩やかで木も疎らですから、はるか彼方まで一望のもとです。小さな街が国道からちょっと離れた所にあって、国道はそれを避けて走っているので、遠くから見えた街が車の窓の行く手(右)から後ろ(左)へと移り、やがて見えなくなる。なんだか、幻想的というか、気が遠くなるというか、日本では無い事なのでいささか現実味がありません。疲れもあれば、気怠い眠気もで、まるで夢でも見ているような.....

スペイン中央の大地

↑再びやって参りました。スペイン中央の乾燥した高原台地。これはまだアギラール・デ・カンポーの北を走っている時で、山間部から抜けてきたばかり。更に南の本当に平坦な所は、もっと先迄、真っ平らでずーっと見えます。車のスピードも結構あるので、遠くに見えた街があれよあれよという間に近づいてきます。

と、そんなドライブで70km、まあ一時間ほどすると、フロミスタ(Fromisita)です。この名前、どこかで出てきましたよね。そうです、ブルゴスからレオンへという日にお昼を食べた、巡礼路上の街です。
のどかというか、裏寂れたというかで、暑ーい日差しの下で眠ったような存在。しかし、由緒あるロマネスクの教会が幾つもある、巡礼路上では、そして今でも巡礼者にとっては大切な街のひとつです。小さいけれど、その歴史をひもとき、長い間の風雪に晒された外装の彫刻などを実際に目にすると、ラブリーな造りの中にも当時を偲ばせて、しばし見入ってしまうものがあります。
あちこちと見て回る旅で同じ街に二度来ることは稀。それもぐるーっと、遥々の移動の末です。これまた感慨もひとしお。これはまあ当事者には解らないことでしょうが、それでも訴えずにはいられない。
そして、何日も前にここを通ったと思い返して、その長い旅路を振り返ると共に、もう旅も終わりが近いなとの思いに耽るのでした。

人も疎らなフロミスタ

↑空の青、その色で暑さと乾燥のさまが解りますよね。陰もくっきりだし。で、そんなフロミスタのお昼時は人も疎ら。何しろここはシエスタの国ですから。バヤドリッドまで行かないといけない私達にそんな贅沢は許されませんが。

中世へタイムトリップの町で、元貴族の館に泊まる ーヒホンからサンティリャーナ・デル・マールへ その3ー

2010年11月14日 14:38

海沿い?とかの疑問は置いといて、こりゃー人気なのも当たり前。正に中世がそのままのサンティリャーナ・デル・マールの町へ、長い道のり、そして様々な見所を経て、ようやくの到着です。

大型バスが何台も乗り付けて、町の入り口にある駐車場から大勢に観光客が群れを成して歩いています。これぞ観光地ということで、田舎回りが主体の私達には珍しく、今日はカンガス・デ・オニス、コパトンガとともに、人波に紛れることとなりました。
が、望みもせぬまま、かみさんから風菌をしこまたもらった私は、もはや限界。
宿にチェックインするや、ベッドでお休み~。鼻水ずるずるで、のどはいがらっぽく、いささか熱っぽい。そして、兎も角もだるーくて、とても観光の為の町歩きなど無理。
人にあげれば自分は元気と、まだ本調子とまではいかずともそれなりのかみさん、そして義理の母を見送って一眠りすることとしました。そりゃー、ここまで来て寝ていてもと、一緒に行きたい気持ちもありましたが、もはや身体がついていけません。風邪薬を飲み、大人しくいい子にしてるしかありませんでした。
それにしても、元貴族の館。それも入り口の真上、バルコニーまで付いた一等の部屋ですから、風情はあるし広々としてるし。そんな部屋で一人、ふーふーと熱にうなされながら寝ているなんて。はるばる旅してきて、そりゃーないよね。
とまあ、思っているまに眠気に襲われ.....

時間の経つことしばし。戻って来た二人が賑やかに報告してくれます。
「すごいよー。」「最高だよー。」「もうねえ、本当に昔のままなの。◯◯が××で....(云々、かんぬん)」
一眠りして、まあ微熱程度だったのでそれも治まり、私も何とか見に行こうという気力が戻りました。
と、いうことで、改めて3人で観光へと繰り出します。

石畳の道を歩けば、両側には気骨組みの、正しく中世の建物が並んでいます。
この街だけが外とは隔たった別世界で、古い建物や水飲み場などがそのまま。石造りの建物で、ちょっと立派だなと思うと、その石壁にはやはり石で彫られたコート・オブ・アームズが。その昔は、その紋章をもった貴族が住んでいたわけでしょう。
そうかと思うと、木製のバルコニーが付いていたり。しゃれた木枠の窓や、柱にも彫刻が施されていて、かつては栄えた街の面影を感じさせます。いつの時代も、そんな飾りで華やかな建物が建てられるのは、その持ち主がそれなりの金持ちであればこそでしょう。そして住人に金があるのは、街自体が発展していればなのですから。

サンティリャーナの貴族の館

↑石造りの建物は外見は質素ですが、言ってみれば良い面構え。そこに一族の誇りを込めた紋章とくれば、時代は違えども家を構えればそれは一国一城の主。

サンティリャーナの水飲み場

↑水飲み場もその昔のまま。どんな動物がその当時、そこで水を飲んだのでしょうか?貴族が乗った馬もいたでしょうが、犬や猫もかな。まあ、牛や兎はそこには来なかったと思いますが。で、人も同じ水を使っていた、そんな時代だっかのかと。

ひとしきり見学し、宿に戻って一休み。何しろ、まだ本調子ではありませんから。
それに、今日は宿そのものが楽しみ。ここもパラドールのひとつですが、旅の計画を立て、宿を予約する時からずっと期待していたのですが、その期待に違わずでしかたら。
広い玄関ホール、幅広い階段や梁も立派な天井等、いずれも重厚な造りです。年代を経た木はそれ自体に味わいがあり、建物全体に歴史を刻んで来た重みが漂っています。壁にはタペストリーやいわくありげな絵が飾られ、それがこの館のこれまでの歩みを語っているのでしょう。そこまでの歴史は解りませんが、まずは館に住んだ一族の肖像といったところです。
私達の部屋は正面玄関のすぐ上、2階に位置していましたが、勿論のこと通りに面にしていました。なので、そのバルコニーに出れば、まるで群衆に手を振る皇族よろしくで、道行く人々が見上げます。恥ずかしい思いと、いいだろーと自慢する気持ちが相半ばながら、しっかりと手を振って記念撮影をしました。

パラドールの内装

↑そとから見ると古ーい中世の建物も、勿論のことは中は改装されて美しい、そして現代的な要素を取り入れた造りです。でも、柱や天井がそのままなので、風情があります。

パラドールのバルコニーにて

↑日も少し傾き始めてからの撮影で、観光客も引けました。その前にも写真を撮りましたが、その時は下から大勢に見上げられて、皇族ごっこで手を振るのもはにかみながらでした。バルコニーは街を、道行く人を眺める為のものだったというのが、実に納得出来ましたが。

そして、待ちに待った夕食の時間と相成ります。
食べましたーーーーーーー。腹一杯、最後は詰め込むようにして。いささか持て余し気味のメンバーもいましたが、堪能しました。
デル・マール=海辺の、という待ちの名とは異なり、海からは何キロも陸に入ってはいるものの、海が近いことに変わりはありません。食事は海のものが主体。それにリオハのワイン、そしてこの日はデザートも
一品ずつ出される食事は、慣れないうちは随分と長く感じ、時には時間を持て余したものです。が、このスペインもですが、それ以上にゆっくりと食事を摂るイタリアなんぞで、お昼から2時間も当たり前の食生活を伴う旅をしてきたので、今やそれも違和感なし。
日本での仕事の日々に、ランチは皆と一緒のペースで摂れなくなるのでは?と不安になりつつも、ゆっくりと、そしてしっかりといだだきました。おかげでお腹は一杯で膨れ上がり、顔は真っ赤。昼間の熱っぽい顔とは全く別の要因の赤ら顔で、部屋へと引き上げました。
いやー幸せだ。シャワーを浴びるのがおっくうだな、それだけが目下の悩みだなんて。

ワインとオードブル

↑地域的に近いということもありますが、スペインと言えばワインはやはりリオハでしょうか。旅先ではその地のものをいただくのを基本としていますが、地産地消が何より一番。新鮮さ、そして気候に合ったものということです。

ブロシュケッタ

↑見た目以上にボリュームがありました。甲殻類に目がない私に海老は何よりですが、烏賊もなかなかのもの。胃拡張気味になっても平らげます。

サンティリャーナのデザート

↑デザートは3人がそれぞれに好みの物をいただきました。そのうちの一品がこれですが、胡桃はイメージとしてはアラブ?トルコ料理やそのお隣のギリシアなんかでも良く出て来るような。スペインの歴史からすれば、なるほどの食材でしょうか。


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