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ベエルタ・ア・エスパーニャで巡るスペインの旅(城壁の街、アビラ)

2007年09月20日 22:54

城壁を回るスプリント合戦

stage 18
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今日のゴールはアビラの街。その北側で街を半周する恰好となる国道110号線から街全体が一望出来ます。国道が丘の稜線の上を走っているよころ、アビラの街はその稜線が落ち込んだ先で、南へと向けて緩やかに高くなっていく丘に位置します。それも、ぐるりと街を囲む城壁が完璧に残っています。低くなった合間の空間の向こうに、それはまるで昔話の中の存在のようにくっきりとその姿を見せているのです。

アビラ

      完璧な城壁です。 
      国道の脇にはローマ時代のものなのか、なんだか遺跡が。
      そこからパチりと写真タイム。

レースではその城壁を最後にはぐるっと一周してゴールへと向かいます。途中が険しい山で、その名もSierra de Gradosという山岳ステージですから、スプリンター達には厳しいかとは思いますが、それでも城壁を周回するコースでのスプリント合戦は絵になるだろうと期待してしまいます。
それにしても、やはりスペインでの南北への移動は山越えとなります。昨日はまあ丘という程度で山岳ステージではありませんでしたが、本日はほぼ2千メートルに達するれっきとした山岳ステージとなります。総合優勝争いでも誰か仕掛けないかと、盛り上がりを求めるのは私達だけではないことでしょう。このまますんなりといっては、眠い目をこすりながら夜の放送を見ている身としてははっきりと言ってつまらない。
つまらないと言えば、名物を食べ損ねた後悔もまたこれに匹敵するものがあります。アビラの名物はアビラ牛。地図に添えた食べ物の絵はいわゆるサーロイン・ステーキですが、地の物を食べるがモットーの私としたことがアビラで一泊したのに...
で、そんな食べ損ねあるいは見未損ねがあると、きっとまた行くぞと、どうなるか解りませんが気持ちだけは未来へと飛んでいきます。昨年はチリンドロンソースを食べ損ねたので、ナバラ州にまた行かねばと思っていますが、何しろ美食の郷であるバスクへ行っておらず、そのお隣であるナバラともどもいつかはという気持ちでいます。

話がやや逸れてしまいましたが、アビラから近い、ローマの水道橋で有名なセゴビアには子豚の丸焼きや鱒のセゴビア風といった名物があります。また、サラマンカにはトルメス川にかかるローマ橋などありますが、兎肉の料理などが美味です。アビラも含め、ここカスティリア・イ・レオンの南部は見所も食も豊かで、マドリッドからも近いですから、スペインを旅行する際には是非とも訪れることをお薦めします。
マドリッドから高速6号線を1時間も走れば、ビッラカスティン(Villacastin)のジャンクションとなります。そこから南西へ高速51号線をとればアビラで、所要時間は30分もあれば充分です。アビラからサラマンカへは国道501号線で約100kmですから、時間にして1時間半みておけばという距離です。またセゴビアへは、マドリットから直接なら上記のビッラカスティンよりも手前のサン・ラファエル(S. Rafael)のジャンクションから高速61号線に乗り換えますが、1時間半もかからないかという距離です。
そして、これらの3都市はそれぞれが三角形の頂点といった位置関係なので、マドリッドからこれら3都市を中心に巡ってというドライブ旅行 は良い組み立てと言えましょう。特に、慣れないうちはあまり長いドライブ旅行をしたくないなと言った場合、最低限なら1-2泊で回れますから初心者の方でもあまりきつく感じられずに良いかと思います(但し、マドリッドで車を借りて、返すのもマドリッドとなると、行きはよいよいかえりは怖いではありますが)。

さーて、今日は山岳ステージ。激戦に期待だ!!

ブエルタ・ア・エスパーニャで巡るスペインの旅(タホ河の流れ)

2007年09月19日 22:45

スペイン中央の山並みを越えて、タホ河へ

stage 17
かくかくだいだい...(?)

本日もまた昨日に引き続き、南から北へと北上するコースです。出発点の街シウダット・レアルは交通の要衝で、1997年のスペイン旅行では、マドリッドからアベ(AVE=スペイン版の新幹線)に乗り、ここを通過してコルドバ、そしてセビーリャへと行きました。が、それだけ。通過しただけです。見所はこれと言ってないと言うと、この街の人々から抗議されそうですが、そんな街が交通という点では重要です。
というのも、スペイン全体の地勢によります。第14ステージにムルシア州からアンダルシア州へと入った所で、グアダルキビール河について触れました。アンダルシア州の東端の源流地域から西へと流れ、コルドバからセビーリャ、そして大西洋へと注ぐスペイン南部で一番の大河です。スペインで最初のアベ(AVE)はその後半で正しくその流れに沿って走るわけですが、このように大きな河、そして鉄道が東西に走るのは、スペインの主な山並みが東西に横たわるので、それを縫っていくことになるからです。
となれば、南北に移動しようとすれば山越えになるのは必定。そして、本日のコースもまたそのパターン通りということです。今回、越えるのはトレド山脈(Montes de Toredo)です。高い山でも1千メートル台の前半ですし、元々がスペイン中央部は広々とした高台ですから、高低差ということではさほどではありません。が、昨日と同様にラマンチャの荒野ですから、その中でも山となると人と出会うのも、車とすれ違うのもまれとなります。
しかし、山を越えればまた河があり、街道が街があります。本日のゴール、タラベラ・デ・ラ・レイナはタホ河の河畔の街です。タホ河はスペイン中央部を流れますが、先のトレド山脈の名にもある通り、その山脈が東で尽きてタホ河へと落ちて行く所には、古都トレドがこの河により半周を囲まれるようにして佇んでいます。
ここはスペイン中央部なだけに、昔から争奪の地となってきました。レコンキスタにおいても数々の激戦が生じ、トレドを巡る攻防は長年に及びました。そんなこともあってでしょうか、そこここに今でも城跡が点在しています。

高速より

        マドリッドからタラベラ・デ・ラ・レイナを通る高速5号線から
        こんな城跡を高速からでも幾つも見掛けました

1997年のスペイン旅行では、中盤でマドリッドからレンタカーに乗りエクストラマデューラへ。メリダやカセレスなどを回った後、北上してカスティリア・イ・レオンのアビラやセゴビアへといったルートを採りました。まずは高速5号線で西へ向かいましたので、タラベラ・デ・ラ・レイナはその途中ではありました。そして、陶器で有名な街ですので器好きの私達としては興味があったのですが、大きな街は苦手なもので、高速をもう少し先に言ったオロペサで降り、エル・プエンテ・デ・アルソビスポというやはり陶器作りの街ながらこじんまりとした所に寄りました。付近には刺繍の村などもあり、それも兼ねてということでした。小さな街だと車を停める場所にも困らずに済みましたが、考えてみれば今よりもずっと適当に車を停めていたもので、それは私達が若くて無造作だったのか、それとも当時はよりおおらかだったのか、それはもはや謎ではあります。
その後、本日のコースとは逆に南下し、タホ河を越えてグアダルーペ経由でメリダへと向かいました。タホ河は陶器の街の町外れでしたが、橋を越えて南側へ行くと、単に街を出たというだけではなく、とたんに人家もほとんど無いただの野原となったのは今でも鮮明に記憶に残っています。本当に家も人もあまり見掛けず、すれ違う車もまれといったことになりました。ラマンチャの荒野、正しくその言葉通りの場所でした。

ブエルタも終盤戦。総合優勝争いはなんだか無風の感じになっていますが、ここらで荒野を疾走して主力選手による見応えのある戦いを見せてもらいたいものです。

ブエルタ・ア・エスパーニャで巡るスペインの旅(スペインの心の地)

2007年09月18日 22:35

ラ・マンチャ地方へ

stage 16
拡大しよう、そうしよう~♪

ドンキ・ホーテのお話の舞台。乾いた大地に点々と佇む風車。そんなラ・マンチャ地方へと、アンダルシアから北上していきます。第12ステージのゴールであったエリンの街も実はラ・マンチャ地方に属するのですが、何せ東端もいいところでムルシアとの境からちょこっと入っただけ。本格的にこの州を走るのはこのステージからとなります。
別段、山岳ステージではありませんが、それなりの山道で州境を越えて行きます。それでなくとも乾いた大地に人影もまばらなラ・マンチャなのに、国立公園(Parque National Sierra de Andujar)になってもいる美しい山地とはいえ山の中、なんだか沿道の応援もあるのかどうか。添付の地図を見ていただきますと、コースとなっている以外には道もあまり無いことがお解りでしょう。
今日の出発点となるアンダルシアはいわば常夏の国であり、1年中、観光客で賑わいます。私達が1997年にスペインを旅したのは10月も半ばでしたが、コスタ・デル・ソルでは強い日差しに汗をかき、レストランでは日陰の席で一息ついたものです。海岸沿いを走る高速はかなりの車の量で、マラガの街中などは5車線の道路に目一杯の車で、ホテルを探して迷いながらの車線変更にもまた汗、といった具合でした。
それからすると、寒さが忍び寄る内陸部では、場所によっては観光地といえども人はまばらでした。アランフェスでは市内を走るトラムなど、乗客は私達2人だけだったりして。だって、朝の早い時間だど息が白くなるくらいでしたから。
まだ季節は9月も半ばですからそこまでの寒さはないでしょう。が、それも天候次第。残念ながら私達は視聴出来ませんでしたが、上記、エリンへの第12ステージは風雨にたたられたとの事。それがこの山中を突っ切る日にまた起ころうものなら...

ところで、アンダルシアの食といえば、ガスパチョは欠かせません。暑い時に熱いものを食べるのが最大の暑気払いだと言う人もいますが、やはり冷たいものが欲しくなるのが人情。これは洋の東西を問わないようで、スープが冷たくったっていいじゃないかというガスパチョ。最初は正直どうかなと思わなくもなく、やや青みがかった味が新鮮といよりも違和感ありでした。でも、旅行中に何度か食するうちに、やはり食のひとつの要素はその土地の気候だなと納得しました。
何はともあれ、その土地のものを食す。皆さんも是非、土地のものに挑戦して下さい。時にはやめときゃ良かったという結果もあり得ますが。そんな悲しい結末に、今日のところは具体的には触れずにおきます。

おっしゃー、今日もミルラム・トレイン爆走か?!(あくまでも山岳ステージではありませんから)


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