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とっても長距離、ドライバーは昼寝休憩 ~ア・コルーニャからヒホンへ(前編)~

2010年10月17日 13:00

旅も12日目、それでなくとも疲れが出て来るところですが、そこへもってき実にロング・ドライブ。
最初のア・コルーニャからルゴは105kmと長いが、高速A-6号線なのでまだまだ楽なもの。そこから先、北上してビスケー湾を望む北の海岸線に出て、それからその海岸線を辿るのも、共にずっと一般国道となります。以前に「ブエルタ・ア・エスパーニャで巡るスペイン」のシリーズでも書いた通りで、スペインの北西部は最も開発が遅れており、高速道路はもとより道路網自体の密度が低いのです。
ルゴから海岸線まで国道N640号線で90km強、そこからは海岸沿いを国道N634号線で50kmほど東へと進みます。漁港の街ルアルカの先で内陸部に入っていく国道N634号線をそのまま辿り、オビエドまでは更に100km弱。オビデオはそれなりの工業都市なので、その近辺まで行くとようやく高速道路が再び見られますが、僅かな距離なので国道をそのまま行きました。そして、最後にオビエドからヒホンまで、これは高速A-66号線で25kmほど。
で、総計はなんと370km。そりゃー疲れますわ。それも途中で観光もするのですから。

リゾートホテルの朝食は高い。別料金なのではなから止めにして、この日は行程も長いので朝早くに出発です。と言ったって8時頃ですけどね。
文字通りのフリーウエイ=高速道路ですから、少し走った所で高速から降りて朝メシだ!
スペインの高速で日本のようにサービスエリアがあるのは稀、多分、マドリッド近郊くらいのものだと思います。でも無料だから乗り降りを気にする事もなく、サービスエリアのようにドライブインやガソリンスタンドなどが、高速の出入り口でも要所となるような所に自然と集まっています。
古代ローマの城壁に囲まれたルゴの街は、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの途上で寄りましたので、その郊外をかすめただけで高速から降りて北上。というか、とてもこの日は寄ってられないので、先に見ておいたのですが。まずは海岸線まで、ただひたすらの移動=ドライブ。今回の旅行ではそんなの初めてで、これまではちょこちょこと小さな町に寄っていたのとは大違いです。
ここら辺りの海岸は、リアス式海岸の名称の元となったリアという入り組んだ造りで、私達が辿った道もまるで湖に行き当たったかのようになりましたが、それはRia de Ribadeoといういわば小型フィヨルドのようなものでした。狭い水路が深く陸地に食い込んだ地形なわけですが、海側のその入り口は細く、橋で渡りながら眺めるとやはり湖のよう。でも、海と繋がっていて、塩水なのでしょうし、あくまでも湖ではありません。
橋のたもとには公園があり、ここで暫しの休憩です。が、車から降りたのは私だけ。ドライバーのかみさんは早くも疲れて、というよりもこれまでの溜まった疲れが寝ても抜けずに、リクライニングシートを倒して仮眠です。そして、義理の母も右に同じ。
リアの入り口で、海側は当然ながら港となっていますが、ヨットなどが多数係留されていてちょっとしたリゾートの雰囲気です。何しろ開発も遅れているので、南部のコスタ・デル・ソルなどとは違いリゾートの匂いはすれどかすかなものです。この日とその翌日は海岸沿い主に走りましたが、そのような開発され過ぎていないリゾートが何カ所かあり、なんだか私達にぴったりだなと感じました。田舎がいい~と言う私達なので、人が溢れた大型リゾートよりも、鄙びたまでではないけれど、ちょいと脇役といった程度の所の方が惹かれるのです。

リア・デ・リバデオ

↑リア・デ・リバデオの入り口を跨ぐ橋の上より。ヨット、あるいはクルーザーなど、ヨーロッパではそんなにしないのでしょうか?係留料は勿論のこと安いのでしょうが。うーん、ここもリゾートですな。

さて、眠りこけるかみさんを叩き起こし、先を急ぎます。
途中、海沿いからちょっとだけ中へ入ってコアーニャなる地を訪れます。コアーニャ城の跡地があるのですが、お城といっても先住民の居住地の跡地であって、一般にヨーロッパのお城といってイメージされるものとは大違いです。第一、やって来るのは地元小学生の課外研究の一団くらいで、普通の観光客はむしろ珍しいのではと思われました。
これまた私達には楽しい観光地なのですが、あくまでも私達にはであって一般にはどうでしょう?
石組みの住居跡が丘の斜面に続きます。基本は円形の建物で、その大きさがそのままにその家の規模というか裕福さの度合いを表すようです。周りは草地で、ところどころに小さな花が咲いているのを愛でながら、遺跡の間のそぞろ歩きの一時です。穏やかな風が心地よく、歴史好きな私はかつての暮らしに想いを馳せながら.....
おっと、でも時間も考えないと。

コアーニャ遺跡

↑遺跡というものも、このような有名でも無い所だと何の説明書きもありません。が、それが自然でいいのかも。
↓まばらに停まる車。コアーニャ遺跡のビジターセンターの可愛らしい建物とともに田舎ののんびりさが一目瞭然ですね。

コアーニャのビジターセンター

で、大切なのはご飯だ!
事前に研究済みで、お昼はルアルカ(Luarca)という漁港の町で摂りました。この町にはバルデス(Valdes)という別名もあり、これってバスク語?ということで、地域性を感じさせます。
このルアルカは前出の「ブエルタ・ア・エスパーニャで巡るスペイン」で、とある日にレースのゴールとなった町ですが、この辺りでは町の規模としても大きいだけではなく、天然の良港=丸く入り込んだ湾の景色は結構美しいものです。それに、港町となればそこで揚がった魚介が戴けるということで、それがお目当ての人が大勢来ていました。
国道からは海へ向かって急な道を降りて行きますが、それは伊豆でいえば熱川や稲取の町と同じで、やはり町は海に引っ付くようにしてごちゃごちゃと出来上がっています。道は狭く、家は軒を連ねて立ち並び、振り返れば山がすぐそこ迄迫っています。
そのような港町なら、海の物をいただくのに外れることのありようも無し。もう昼時でしたが、まだ港の市場には今朝揚がった魚が売り物として並んでいました。かつては鯨漁もあったようで、その勇壮さを今に伝えるタイル画なども見学しつつ、お腹を鳴らす私達でした。
目の前の海からの贈り物をいただくべく、あとはもう、市場も海も目の前のレストランへまっしぐらです。やっぱり旅の醍醐味は景色や周りの人達を眺めながら、ゆったりといただく食事です。かつては食事に一時間もかからないよと言っていたこともありましたが、今や一時間どころから場合によってはお昼から二時間コースという、時には観光そっちのけなもので。
この日はそこまでではありませんでしたが、すっかりビスケー湾の海の幸を堪能しました。この日はまだ先は長いというのに........

烏賊のフリット2種(その一)

↑烏賊のフリット2種、その一。料理はシンプルだが、それだからこそ美味しい時がある。
↓これまたフリット。烏賊リングフライなるものとはちょっと違うんだなこれが。味、軽さ、歯応え?その全てがですがな。

烏賊のフリット2種(その二)
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