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バール最高!

2010年07月13日 08:23

旅の5日目、後半はリオハ州の州都ロゴローニョへ至ります。
5日目の出発地であるパンプローナがナバラ州の州都ですので、1日で州をまたいで2つの大都市を巡ることとなります。

スペインで購入した地図を見ると、パンプローナにはイルナという別の名前も付いています。そのことが意味するのは、そこが元来バスク人の土地であるということです。イルナとはバスク名なのです。バスクとは言えば美食で有名ですが、ナバラ州もその流れを組んで美味しいものを食べることが出来る、なかなかに素敵な地方です。前日のオリーテでのランチの素晴らしさも頷けるというもの。
そしてリオハ州ですが、こちらはスペインにおいて最大にして最高のワインの産地です。美味しいワインのあるところ、食べ物だって美味しくない筈がない。
かくして、スペイン北部の美食街道を私達は辿っていたのです。巡礼者だって土地の名物を求めたでしょうが、それも現代の巡礼者となれば尚更です。多くの人で賑わう所、食文化も発達しようというものでしょう。

さて、「北のトレド」と唄われながら、ややもするとがっかりもあったエステーリャを後に、イラチェの修道院へ向かいます。エステーリャからはそれこそ5kmもないという至近距離ですぐに付きますが、修道院というよりも僧院という言い方が定着しているイラチェは、むしろ別のことで有名です。
それは何かと言えば、昔から巡礼者にも振る舞われたワインです。その昔は修道院がワインを醸造していたのでしょうが、今でも修道院に隣接するようにしてワインの醸造所が建っています。そして、その醸造所は誰でもどうぞとワインを飲ませてくれるのです。わざわざ頼まなくとも、無料自動販売機よろしく、蛇口をひねればワインが出る機械を屋外に設置してくれています
事前に下調べでそのことを知っていた私達は、ちゃっかりと紙コップを用意してあり、3人そろって「いただきまーす」としっかり飲ませていただきました。勿論ただなわけですが、思い起こしていただけば、3泊目のハビエルのホテルで夕食に添えたワインがここのものでしたから、ちゃんと売り上げには貢献していたわけです。
ちなみに、修道院も見学してきました。決してワインを飲みにだけ行ったわけではありません。ただ、修道院自体にかつての栄光はありません。最盛期には相当な数の修行僧の人達が居たそうですが、レコンキスタでの戦乱やナポレオンの侵攻などですっかり廃れてしまい、がらんとした内部は寂しさを感じさせます。それでも、長い年月を耐えてきたのですから大したものではありますが。

イラチェの泉

↑イラチェの泉と称される、ワイン醸造所の粋な振る舞いに感謝。飲み放題だけど、ほどほどに。

車での旅でもありますし、軽く一杯のみとして次の街へ向かいます。
街の名はロス・アルコス。イラチェから20km弱、辿る道は引き続き国道N111号線です。この日はパンプローナからロゴローニョまでずっとこの道なのです。
時間は午後の1時も周り、ちょっと遅めのお昼ご飯を求めて街に降り立ちました。それにしても暑い!
スペインの内陸部は全体に高地状で乾燥した大地が広がります。場所によっては半砂漠のようなもの。日本のように湿気はありませんが、照り付ける太陽の強いことといったら半端ではありません。一日でも最も暑い時間帯ともなると、本当にけだるい午後となり、そりゃもうシエスタするのも当たり前でしょうと、決してスペインの人達が単に怠け者だというわけでもないのも解ってきます。
これまたとても小さな街というか、村という方がその規模にあった感じですが、ほとんど人が歩いていません。国道沿いで街の入り口にある駐車場に車を止めて、少し町中に入りかけましたが、ちょっと行っただけですぐに戻りました。だって、人が居なくて閑散としているけれど、通りにはこれといったお店も目に付きません。
他に選択肢もないので、はっきり言ってうらぶれた感じの、駐車場脇のドライブインに入りました。ここでお昼を食べなければすぐにシエスタの時間帯です。そうなるとお店はどこも閉まってしまうので、お昼を食べ損ねてしまうことになりかねません。
以前、南米のアルゼンチンでシエスタとは、という経験をしたことがあります。その時はちょっとした用があって、賑わう街の郊外へと行きまして、バスで戻って来たのがお昼時の正にシエスタ・タイム。と、どうでしょう。それこそ沢山の人でややもすれば押し合いへし合いだった通りのどこにも、人っ子一人おらず、お店はどこもシャッターを下して閉まっているではありませんか
そんな経験もあって、昼からアルコールで酔っぱらったおやじが何人かたむろしたり、お年寄りがひっそりと食事を摂る、そんな一角で私達も食事をしました。美食の地を巡っているにしては寂しいものですが、毎回しっかりと食べるのには胃腸が付いて行かなくなった身には、お昼か晩のいずれかは軽めでないと。

熱気の底に沈んだようなロス・アルコスの次に向かったのは、ビアナです。再び20km弱ですから、大した距離ではありません。丘の上のビアナの街へ、走り慣れた国道N111号線を離れ上がっていきます。
と、こちらは全く違う街でした。それは日陰が、パティオ風の広場があって、吹き抜ける風も気持ちよく過ごせる所だったのす。食事の内容は兎も角として、どうせならこのような所で寛ぎたいもので、これから行く貴方にならばランチはビアナでとお勧めします。
ちなみに、このビアナはかの有名なメディチ家の一員、チェーザレ・ボルジア終焉の地と言われています。政争に破れ亡命生活を余儀なくされた彼が、この地で客死したとのことで、そのお墓が街の中心に建つSanta Maria教会の敷地にひっそりとあります。墓石もこれといった碑文もなく、教会の脇で地面に敷かれた石の下に眠っているのです。
そんな歴史の一齣も良いですが、風が通る木陰で冷たい飲み物をいただき人心地付いて、ほっとする3匹でした。

ビアナ

↑ビアナのSta. Maria教会は広場の一角にあるが、緑があってほっとしますよ、乾燥した土地では。

ビアナはナバラ州の西の端。そこからログローニョは目と鼻の先で、僅かに5km強です。
スペインの母なる川、エブロ川を渡ればそこがログローニョ。リオハ州の州都にして、スペインでも有数の大都会です。街の中心部はエブロ川沿いの北部で、そこに直接行くのであれば国道N111号線を走ればそのまま着きます。私達は中心部から少し南に外れた、新市街の一角のホテルでしたので、途中から自動車専用道A13号線に乗り、市の南側に回り込みます。なるたけ市街地の混雑、そして複雑な道は避けたいもので。
ホテルに着いたのは午後4時過ぎ、最も暑い時間帯は過ぎた筈が、西日がきつい。一日中、刺すような日差しを浴びて疲れきった私達は、ちょっと遅いシエスタと、ホテルのベッドで小一時間ほど休みました。シエスタは必須ですよ、この土地、この気候では。

一休みしてから中心部へと出掛けましたが、ここでも至る所で工事をしていました。大きな通りがほとんど通行止めで、端っこの一車線をそれも一方にだけ車が通れるといった具合で、まるで街そのものを作り替えようかという勢いでした。全く、日本も真っ青の公共事業の嵐。結局は破壊を齎しただけだったようですが。
それはさておき、ログローニョは大きな街ですが、見所はぎゅっとつまって一角に集中していますので、比較的短時間で見て回れます。シエスタで昼間は閉じる分、夕方から改めて開く教会などは夜の7時あるいは8時くらいまで空いています。なにしろ日が長くて、それ位までは明るいですから。
Sta. Maria de la Redonda大聖堂や、San BartolomeやSta. Maria de Palacioといった立派でとても大きな教会が立ち並びます。大聖堂には小さいものながらミケランジェロの絵もあるし、さすがに内装にも目を見張るものがありました。
が、やはり私達の興味は食!
アモス・サルバドール広場から大聖堂へと続く街一番の目抜き通りをウインドショッピング。目に付いたのがリオハの美味しいものを集めた食品店で、しっかりとリオハのワインをお土産に買い込み、まだまだ先の長い旅の荷物をひとつ増やしました。
荷物と言えば、ビニール袋一つ分ではあるものの、ダイオラマの材料も手に入れました。屋根材やレンガなどですが、日本ではなかなか手に入らないのと、色合いなどがやはり現地ならではなんです。もっとも、そんなことを言うのはマニアならなのでしょうが。

ログローニョの模型店

かみさんが発見してくれた模型店。普段は手に入らないものがあっていささか興奮

巡礼路全図

↑いわば巡礼路全図をログローニョの裏路地で発見。各地にまつわるお話が絵になって、楽しくも参考になります。

そうこうするうちにさすがに長いスペインの日も沈み、夜となりました。さあ、晩飯だ。
しかし、お昼は簡単に済ましたものの、暑い日差しにやられたかみさんと義理の母は、食欲が今一。「あんまり重いものはねー。」と、レストランに入ってしっかり食べるのはパス。腹具合のこともあるけれど、疲れてしまったので平気で2時間コースの食事は気が重い。
街を彷徨う3匹に、声を掛けてくるスペインのおじさん2人組。
「これから食事かい?」「お店を探してるの?」「何が食べたいの?」
英語なので解りましたが、それにしても見知らぬ外人に何とも優しいものです。軽いものがいいな、だったら肉より魚かな、などとひとしきり話していましたが、
「それならバールに行きなよ。いい店がこの先にあるよ。」
と、そのお店は近いも何も目の前でした。シャンピニオン、すなわちマッシュルームの専門店で、それはもう手軽な一品です。確かに疲れた身体と気分にはぴったりなのですが、ちょっと入るのに気が引けます。だって、カウンターであれちょうだいといった感じで、メニューを広げて注文するのと違い、なんだか呼吸が合うのかなーというか勝手が違い過ぎます。
おじさん達と分かれても躊躇して入れません。あっちにもいい店があるよと言っていたその方角へ、通りを進んで右折してと、それらしきお店にも行きましたが、すごい黒山の人だかり(スペインの人って黒髪が多いから、ここでも黒山で表現は間違ってないかな)。勝手が違うだけでなく、これじゃあ注文そのものが出来やしないのではと、お店の前を行き来することしばし。
意を決して入ったのは、たまたま入り口付近の席の人がお店を出たからです。丁度いい具合に3人とも座れるスペースが空いたのです。とはいえ、背の高い椅子に腰掛けてはみたものの、カウンターは満杯、その後ろにも人。フロアの小さなテーブルにも、座った人、立ったままの人と、ごった返す店内。それだけでなく、外にまで溢れ出す人また人。
バールでは、目の前のケースの中、そしてその上にと、小皿料理のタパスやパンに総菜を載せたピンチョスがずらっと置かれています。日本でも写真付きのメニューだと自分の好みのものを選び易いところ、それこそ目の前に実物があるのですから、食べたいものを選ぶのは簡単です。が、注文のタイミングが.....
と、無言ながらも明らかに「何にします」と顔に書いてこちらを向いてくれるカウンターのお兄さん。ちゃんと見てくれていたんですね、とまどう異邦人を。それも、現地の人達は注文の品を受け取る毎にお金を払うのを、私達にはお店を出る時に纏めてで、慣れないことに配慮もしてくれました。おかげで、ゆっくりと美味しいものをいくつも味わうことが出来ました。
ところで、同じバールでもスペイン南部ですとタパスだけですが、北部ではピンチョスも沢山の種類が出てきます。このログローニョですっかり味をしめた私達はその後、行く先々でバール巡りをしましたが、ハムや卵などを載せたオーソドックなものから、イチゴなどのフルーツやクリームを載せた甘いものまで、それはもう多種多様。フランスパンの薄切りといった感じで、ものによっては一口でもといったサイズですから、お腹に溜まらずに色々と楽しめます。
バールは河岸を変えてはしごするのもというのが頷けます。
私達も、最初におじさん達に紹介されたシャンピニオン専門店にもその後から行きました。専門店の場合、つまみは1-2品のみ。そのお店では、マッシュルールを焼いたものと、それにエビを載せたものの2品のみ。それでお店が成り立つのですから美味しいこと請け合い。
そんな何かの専門のバールも沢山あるわけで、それらを巡っていくのはそれは楽しいものでしょう。一品が、あるいはグラスワインや一口ビールが、安いものなら1ユーロもしませんから、長いスペインの夜もこれなら堪能出来ますね。
地元の人はずっと遅くまで元気にはしゃいでいますが、私達は夜も9時位までが関の山でホテルへ引き上げます。美味しいスペインに乾杯!満腹で酔っぱらって、バタンキューでした。

ロゴローニョのバール

↑2軒目のシャンピニオン専門店。盛況ですが、これでもまだまだ空いている状態。
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