スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

さあ、巡礼だ?

2010年07月04日 13:07

サンチャゴ・デ・コンポステーラを目指して
(スペイン北部の旅、三日目、ルルドからハビエルへ)

旅もいよいよここからが本番。
というのも、そもそも今回の旅行は、エル・カミーノと呼ばれる聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラへと至る古からの巡礼路を辿ろうというのが、その発端だったからです。
スペインが対イスラムの国土回復運動(レコンキスタ)で象徴とした、聖人ヤコブが眠る街への巡礼は、今でも欧州の各地からやって来ます(まあ、欧州以外もありますが)。幾つかのルートがあって、イギリスからですとスペイン北部の海岸に上陸してというのもありますが、メインルートはフランスからピレネー山脈を越えて、スペイン北部で内陸部の乾燥した大地をひたすら西へと辿るものです。
正しくそのルートを行こうというわけです。

と、ここで地図が登場。

spain-santiago.gif

  拡大してね~~~

ベルギーについての時も書きましたが、何処をどう回ったの?
地図が無いと旅の全体像が掴み難いものですね。ごく簡単な地図ですが、ルルドというフランスの街から目的地であるサンチャゴ・デ・コンポステーラへという全ルートを明確に解っていただけるかと思います。


さて、ルルドからですが、今回の手持ちの地図はスペインで最初に寄ったレイダの街で買ったスペインの地図のみ。フランスに関しては、事前にネットで取得した地図と、スペインの地図の端っこにフランスの部分も一部の主要道だけは記載されてるといったものだけ。
迷うことなき国道経由は、しかし遠回りになるので、適当に田舎道を辿りました。
なんだか時間的には変わらなかったかも。でも、他に走る車とて居ない山道、牧草地を通り、気分は上々。牛と、自転車野郎達とすれ違い、やがてピレネー越えの国道に至りました。
そして、まだフランス側でとある町に寄り、ちょっと一休みしようかと車から降りると...
いやーなんと悲惨な牛糞まみれの黄金車と化しておりました。ズボンの裾に香しいものが付かないように気をつけて降りないと

黄金カー

単なるドロではありません。黄色くって、ちょっとだけど鼻にきて...

田舎道で結構な時間を取られたので、わざと旧道でピレネーの峠越えもおつなものという、私一人の頭の中にあったプランはぼつ。トンネルで一気にスペインへ。
勿論のこと国境の検問などありませんから。

坂を下って、ぐいぐいと高度を下げて、向かうのはハカ(Jaca)の街です。
駐車場は町中にもありますが、狭い市街地の道は嫌なので、街の中心部を行き過ぎた先で要塞の近くにある方を目指します。国道沿いに駐車場の表示がしっかりあり、その案内で左へ曲がればすぐそこ。観光の対象となる旧市街からも歩いて5分程度なので、こちらの駐車場を使う方がやはり正解でした。
ハカについたのはもう正午もかなり回った後。そこで、観光よりはまずは飯だ!
もっとも、この日はしっかりした晩ご飯を予定していたので、時間もあまり無いしと簡単に済ませました。後のベルギー旅行でもイタリア人が口にしたら絶対に怒り心頭のパスタを食べてしまいましたが、この時のパスタもそこまでは酷くなかったものの、本場には遠く及ばないものでした。まだ、スペイン北部の食の素晴らしさを知らなかったこの時点では、まあこんなものかという意見もメンバーの中にはありましたが。
話は旅の計画段階に戻りますが、かみさんは「スペインの食事にはそんなに期待してないよ」と言っていました。私はガイドブックやスペイン観光局で入手した資料のこともありましたが、美食の地バスクを、そしてスペインワインの代名詞とも言えるリオハを抱えるわけで、「美味しいものが食べられると思うけど」と何度も言いましたが、かみさんの想いは変わらずでした。
その伏線となったのが、1997年のスペイン旅行でした。場所によっては素晴らしい名物料理もありましたし、決して食に恵まれなかったわけではありません。ただ、南部のアンダルシアではいささか料理が単調なきらいはありました。なにしろ暑いとうのもあって、スープといえばガスパチョで、煮込み料理系が多かったかな。まだ若くてあまり色々と食べた経験が無かったり、そもそもお金もね、といったこともあったでしょうか。
兎も角、スペインの食に対する評価はそれほど高いものではありませんでした。

ハカでパスタ

いわゆるカルボナーラですな。腹ごしらえにはなりましたが、まあ良しとしましょうか程度でした。

ハカの街自体はそれほど大きなものではなく、見所もこれだー!というまでではありません。だいたいが、ツアーでこの街に寄るものなど無いですよね。
が、信心者にとってはこの街に寄る意味はとても大きいものでした。
それは、「クルデンシャルを手に入れろ!」という命題でした。クルデンシャルって何?といいますと、それはいわばスタンプ帳で、巡礼路を辿る途上、教会や修道院、あるいは巡礼宿などでスタンプを押してもらうのです。それが確かに巡礼の旅をした証拠となり、晴れて聖地の至り、サンチャゴ・デ・コンポステーラの大聖堂で歓喜の時を味わったところで、巡礼者として認めてもらいその証明書をいただく為の必需品なのです。
別にそんなことを考えていた訳でもない私とかみさんに対し、真のキリスト教信者?たる義理の母は、つかつかととある教会の執務室へ入って行きます。何してんの?といぶかる私達を尻目に、言葉なんていざとなれば通じるものさと「クルデンシャル」の言葉を連発するその力強さといったら。
で、聞かれる訳ですよ、ここで。「ところで、あなた方は何で巡礼路を行かれるのかな?歩きですか?自転車ですか?それとも乗馬で?」
「いやーそれが車でね。」と言ってしまってはさすがにいけません。
「車を使いますが、途中はそれなりに歩いて行きます。」って、義理の母は上手く言えないので、私が適当に。こりゃ、本当に神様が居たら罰せられまっせ、と心の中で呟きながら。
優しい神父様はいぶかしく思いつつも、3人分のクルデンシャルを下さるのでした

ハカの神父さん

クルデンシャルを戴いた教会の前でパチり。と、これからお昼ですか神父様。

優しいと言えば、スペインでは何回も優しい人に出会いました。
この時の『スペインの優しい人』は要塞の門番さんでした。
私達は、中には複雑な想いを抱える者も居ながら、クルデンシャルを手に車に引き上げつつ、要塞も有名だったねとその入り口へ向かいました。が、シエスタの国スペインですからお昼の休み時間が近づいているうえ、こちらも時間が押していてやっぱりいいかと逡巡していると、門番さんが手招きしてくれるのです。
いかにも、「今ならまだ入れてあげるから早くおいで。」と言ってる感じでした。結局は後の予定を考えて辞退しましたが、街の印象を好ましいものとして残してくれる一場面ではありました。

ハカの要塞の鹿

ハカの要塞に居た鹿。全体にのんびりムードのスペインの、それも田舎で鹿もシエスタ、お昼寝中。

旅の三日目、その前半としてはここまで。次回の後半では、観光客もまばらな山中の修道院跡へ向かいます。
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    最近の記事


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。