スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ブエルタ・ア・エスパーニャで巡るスペインの旅(スペインの栄華の名残り)

2007年09月21日 22:10

エルエスコリアル  霊廟or宮殿?

stage 19&20
それゆけ拡大!

昨日は最後にアビラの街、その城壁の外をぐるりと回るところで周回遅れが出ました。解説者の人が珍しいと言っていましたが、ジロ・デ・イタリアの再放送で最終日のミラノは見ましたが、最後に市内で同じ所を何週もしたものの、周回遅れは一人もいませんでした。でも、ブエルタは何かと違うのか? となりますと、最後のマドリッドでは確か市内の目抜き通りで6周くらいする筈で、どうなるものやらです。
さて、本日はまずアビラからマドリッド方向へ地方道のCL-505号線を辿ります。マドリッドは内陸の盆地ですが、その西側の山地へと入り、そこを巡る山岳ステージとなります。これがまた同じ所をぐるりと回るわけで、それも1級山岳のアバントス峠を2度も登ることになりますから、ここは選手達には辛いところでしょうが、見る方は楽しみです。現在、首位のマイヨオロとなるメンショフが最後の山場だと言っているようですが、昨日は地元で勝負に出ながら不発に終わったサストレなどが諦めずに仕掛けてくれれば、それこそ面白い展開になることでしょう。
このマドリッドの西の守りともなる山地ですが、その山麓にあるのがサン・ロレンツォ・デ・エル・エスコリアル(San Lorenzo de El Wscorial)です。ハプスブルク家の王朝として欧州に覇を唱え、新大陸の広大な領地を有するうえに、1581年にポルトガル王位を継承したフェリペ2世。彼は父カルロス1世(オーストリア帝国においてはカール5世)から、エル・エスコリアルの地に自らの為の霊廟を建設するようにと託されました。
本来は霊廟ですが、それと同時に偉大なるスペイン帝国の威光を示すものとすべく、フェリペ2世は修道院であり宮殿でもある壮大な複合建築に挑みました。もっとも、厳格なカソリックの親子ゆえに、簡素というか質実剛健と言うべきか、少なくとも外観はやや単調とも思える作りです。とはいえ相当な規模ですから建設には21年間を要し、それでなくとも最悪の財政はもはやいかんともし難く、なんとこの王様は3度も国の破産宣告をしたそうな。(日本の財政も酷いけれど、上には上がいますね。いや下には下かな?)
まあ、当時のスペイン国民はたまったものではなかったでしょうが、後世のそれも外国人の旅行者にしてみればこれは一見の価値ありの見事な観光地。それも、内装は外観とは異なり豪華絢爛。そうなれば地元にはそれなりの観光収入もあるわけで、結果オーライでしょうか...?

エル・エスコリアル

       なにかと作りがでかい。やや間延びの感は否めないが、延々と続く様は壮観。
       それに、収蔵品には高名な画家達の作品が。

そんな観光地を尻目に、今日は最後の汗のかきどころかという選手達には、是非とも激しいデットヒートを期待します。世界選手権を前にかなりの選手が戦線離脱をしてしまいましたが、最後まで盛り上げて欲しいものです。
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    最近の記事


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。