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旅の目的を果たして、その後 ~ア・コルーニャへ~

2010年10月07日 13:05

サンティアゴ・デ・コンポステーラという巡礼路のゴールに達したことで、旅の第一の目的は果たしたことになります。が、それだからこその大切な事が、特に義理の母にとっては、がまだありました。
それは、巡礼の証となる証明書です。

荘厳というより、もはやデカ過ぎというサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂。それはもう立派なものでした。お香を焚いて、ぶーん、ぶーんと振り回す儀式もにぎにぎしく、それはもう長い距離を歩いてやってきた本物の巡礼者にとっては晴れの舞台です。
しかし、車でやってきた、それも無信心の私とかみさんにとっては、そんな人達と一緒に並んで立っているのが気恥ずかしい。一応は奥ゆかしい日本人として、端の方で静かにしていました。
義理の母は、ルルドのお水で体調が戻ったと本気で?信じて、後生大事にポリタンクに入れたお水を運んできた人です。何しろホテルに入る度にちゃんとポリタンクを車から降ろして部屋まで運んでましたから。万が一にも盗まれた大変だ!
ということで、儀式が済めば本物の巡礼者の皆さんと一緒に証明書をいただくべく、巡礼オフィスへ。
並んで待つことしばし、係の女性に呼ばれます。スペインといってもそれはもう国際色豊かな状況ですから、さすがに英語で話してはくれますが、義理の母では.....
と思いきや、こんな時だけは臆すること無く進み出て、なんだか話しているというか、目線で訴えるというか。
で、聞かれるわけです。
「ここ迄来られたのは、歩きですか?自転車ですか?それとも馬ですか?」
うーん、正直に言ってしまえば答えは車です。が、それを言ってしまっては元も子もありません。そこで、
「所々ですが歩きました。」
とまあ、一応は嘘ではありませんので、クルデンシャル(巡礼手帳)を示しつつ、私が横から言い訳がましく言ってみます。義理の母は誇りを持ってそうだと頷きますが、ちょっとばつが悪い私。
でも、何も聞かずににっこりと笑って係の女性は証明書を3人に渡してくれました。これが神の寛大さというものかと、この時ばかりは感謝せずにはおれませんでした。

ど派手なサンティアゴ

↑荘厳というか、ど派手というか。それなりに各地の大聖堂なるものを見てきましたが、さすがにこれはすごい。光が束となって目に飛び込んで来るという、目映いばかりの黄金一色。

街を一巡りし、宿に戻ってチェックアウト。
ここからは余録とも言えますが、まだまだ見所満載。気持ちも新たに出発です。

この日は、風光明媚、スペイン一の海のリゾートと称されるア・コルーニャ泊まりです。サンティアゴ・デ・コンポステーラからは北へ向かって約55kmということで、高速道路もありますが、国道N550号線を使いました。高速に乗ってしまうと景色もほとんど見ることが出来ませんので、時間と距離とが許せば一般道を行く方を私達は好んでいます。
さて、移動自体はどうということのない距離ですが、ア・コルーニャの街は初めて車で行くと何とも難儀な所です。北に向かって突き出した小さな半島状の街で、北へ、即ち街の中心部へと向かう程に東西の半島の幅が狭くなります。それだけゴミゴミした状態になるわけで、高層というほどではなくともビルの群れで見通しが効かないところへもってきて、狭くなる程に一方通行の道ばかりとなっていきます。
見通しが悪いとなると、教会等のランドマークも掴めず、どちらへ向かえばいいかどころか現在位置さへ把握し辛くなります。正にビルの谷間という感じにもってきて、狭いものですから立体交差や左折禁止など、思ったようには進ませてくれません。
てな具合で、何と、全く正反対の方向に車を走らせる結果になってしまい、一度は市街地から出てしまうはめに。町中に入ると、左右の海なども全く見えませんし、一体自分が北を向いているのかどうかも(まずは町中のホテルへ向かうのに北進が基本でしたから)解らなくなり、逆向きになって市街へと出てしまい一から仕切り直し。
ここまで苦労することはそうそうありませんので、実に参りました
二度目のトライで、何とかホテルの側に至る道を捉え、今度は見事に辿り着きました。北進して市街地に入った後、街の西側の海岸沿いにあるホテルへと東西に走る道を使うわけですが、その表示を見付けたと思ったら立体交差で通り過ぎたりといった具合になる次第。
今から思えば、ひたすら北へ一直線に進んで、一旦は市街地の北端へ出てしまえばいっそのこと良かったかと。何故ならば、ホテルは海沿いなので、北の端=海に出てしまって海岸線を走れば簡単だっただろうと。そこまで一直線で抜ける道があるかどうか、地図を開いて確認するまでの気にはなりませんがね。

ということで辿り着いたホテルですが、折角のリゾート地ということで、私達としては結構張り込んだホテルでした。それも部屋は海側。田舎の安ホテルでも十分に堪能出来るという私達ですが、ここぞという時にはケチリはしないぞと意気込みましたが、それでも決して馬鹿高いものではありません。まあ、その点はまた後日。
さて、部屋に落ち着いたところで、雲行きが何やら怪しい。天気が悪くなって雨が降り出しました。
ゴゾの丘で燃え尽き、疲れ切ったかみさんは、それでなくともグロッキー。さすがの義理の母も、巡礼路を辿るという目的を果たしたことによるのでしょうか、疲れの色を見せていました。私はまだ元気といえば元気でしたら、「巻いて行こう病」が出てきつつあり、まっいいかの気分。
ということで、観光に繰り出すよりもちょっとゆっくりしましょうかと、ホテル内のバーでサンドイッチなどをつまんでまったりとした一時を過ごしました。それから、スペインらしくちょっとお昼寝のシエスタ・タイム。
天気は荒れていましたが、波立つ海や窓を叩く雨が、何故か絵になるのもリゾートならではでしょうか。そして、窓辺には横になれるフカフカのソファーなぞあって、寛げる部屋ならではと、海側の部屋にこだわったかみさんを讃えるべきか。

その後、天気が落ち着いたところで、ちゃんと観光にも出ました。もっとも、ヘラクレスの塔(ローマ時代に作られた灯台)のてっぺんに、かみさんは登ることなく私と義理の母に下から手を振るのみだったりしましたが。
教会や修道院といったお馴染みの見所に加え、重要な港の守りとなるサンアントン城など、一通りは巡りました。最初に行ったヘラクレスの塔は半島状の街の、北西の突端にあります。それに対し、中央広場や主要な教会そしてお城は街の東寄りにかたまっています。
町中にはトラム(路面電車)が走っていますので、これで廻ることが出来ますが、私達の場合、ヘラクレスの塔へは車で行きました。あとは、歩きで充分に廻れる程度の距離です。街の本当に中心部と言える部分は対して広くはありませんので、西の端に位置するホテルからでも東の端まで、あれこれと見学しながらであれば苦にはなりませんでした。
それに、それくらい歩かないと、旅行中は普段よりもずっとしっかりと食べるので太ってしまうというものです。実はそれどころから、結構食べるのですが、旅行から帰って来ると痩せていたりするのですが。

ヘラクレスの塔

↑ヘラクレスの塔と称されるローマ時代!の灯台。これほど完璧な形で残り、それも現役とは。驚きだ!
↓トラム(路面電車)ってラブリーでいいですね。こういうのが走ってる街って、何だか寛げるな~。

ア・コルーニャのトラム

ということで、夜となれば、そして海のリゾートとくれば、それはもう美味しいシーフードをいただくぞ!
と、しかし、この日は盛り上がるのも私だけ。グロッキーなかみさんも、義理の母もあまり腹が減らないと言い出します。そこで、二人にはバールでお茶を飲んでまったりとしてもらい、その間に私が一人で店探しに出ました。
ここア・コルーニャでは、中央広場であるアスカラガ広場を背に、南に向かって広場の一番西の端の道を入ると、そこがレストラン通りです。道の左右に次々と現れるシーフードのレストラン。夜が遅いスペインなので、19時くらいですとまだまだお店はどこもガラガラです。人の入りも参考にしたい私としては、後はメニューや時には並べられている食材などを便りにお店の当たりを付けていきます。
正直な所、有名観光地の方が料理はありきたりとなることが多く、放っておいてもお客が来るとそうなるものかとの思いを抱きます。そんな中で、むしろこじんまりとした家族経営という感じのお店を選びました。
いずれにせよ、ほんの数百メートルの通りに沢山のレストランが並んでいますので、じっくりと見比べる事が出来ますので、何かピンとくるもがあったり、好きな食材が目に付いたお店などにされたらいいと思います。食材は付近の海で揚がった取れ立て地元品ですから、その点はどのレストランでも外れはない筈です。

定番カラマリフリット

↑カラマリフリット(烏賊のリングフライ)は定番ですが、外せない一品です。何度食べても美味い。
↓そして、これまた欠かせないのがロブスター。お値段はそれなりにしますので、こちらはそんなに何度もはですが。この日は他の二人の胃が大人しく、私が一人でいただいてしまいました。

ロブスターは欠かせない
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