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サンティアゴ・デ・コンポステーラへ、最後の試練、霧と雨

2010年09月16日 18:34

巡礼路を辿る旅もついに、その目的地であるサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着です。はるかピレネーの山中から、車での移動とはいえ随分と長い距離をやってきました。

が、感動のフィナーレの前に、厳しい試練が待っていました。
まずはセブレイロ峠越えです。一日の出だしは昨日通って来た高速A6号線ですが、25kmほど走って高速を降り、地方道のLU633号線に入るといきなりの急坂です。前日のフォンセバドン峠もかなりの山と感じましたが、この日は坂道を上がるにつれて、とーてっも濃い霧にまかれて一寸先は白い壁。本当に何にも見えん!
山の上のオ・セブレイロの村はそんな白いもやの中で、まだ朝の眠りから醒め切らずといった感じでした。お土産屋さんは開きはじめましたが、ゴミ回収車がやってきて、立派ななりの大型犬が吠えまくる。そんなにでかいんだから、お前さんの方がよっぼど怖いぞといいたくなる位の体格でしたが、性格は大人しいというか臆病といいましょうか。こんな山村で暮らしている割に都会の犬よりやわなんじゃないのと言いたくなりつつ、でも可愛いから声を掛けてしまいましたが。
お土産屋さんを覗くと、定番の絵はがき。村の冬景色はどっさり積もった雪で、これまで通って来たスペインの乾燥した中央大地とはかけ離れたものながら、霧の中で肌寒い思いをしていると、真冬ともなればそうなんだろうと違和感なしでした。
いやー冷えるねーとなって、3匹揃って「トットットイレ!」と相成りまして、村はずれに停めた車に戻りつつ辺りをうかがいます。どこにしようかな...
幸いと申しますか、配達の車くらいしかやってこず、相変わらずに濃霧では目に前のろくに見えません。ちょいと道から入ればわかりゃせんよと、銘々が勝ってに道の脇へと。
が、思わず遊歩道というか、畑へと通じる道なのか、木の策で縁取られてしっかりと踏まれた道があったりして。それを避けつつ、何しろ右も左もよう分からん乳白色の気体の中を彷徨って、まあここならいいかと放水。と、すぐ横を通る車の音。ありゃりゃ、いつも間にか元の道の側に戻ってました。まあ、それだって車の人から見える訳でなく、白ーい気体に包まれたままなのですが。
この日はしかし結構、寒かった。で、峠も降りた町中でもトイレー!と叫ぶ事になるのですが、このお話は恥ずかし過ぎるのでやめておきます。だって、かみさんときたら...

オ・セブレイロへの道

↑高速を降りてオ・セブレイロへの登りにかかる。巡礼路はいつもしっかりと表示されるので迷う心配はない。

オ・セブレイロ

↑オ・セブレイロには昔ながらのガリシア地方独特の家が残っています。ところで、敷石には注意!滑ります。

その後も幾つかの峠を越えて、登ったり下ったりを繰り返す山の中の道を進みます。それも終わってトリアカステラの街まで降りると、巡礼路は2つに分かれます。歩き易さではもう一方のルートらしいのですが、私達は車の気安さでサモス修道院を通る方を選びました。
とっても小さな村に、どーんと聳えるそれはもうとても立派な修道院。それこそ行けば分かるという存在です。そして田舎ですから、道路脇に駐車スペースもあって苦労しません。
さーて、では見学だ。が、修道僧が案内はしてくれるものの、当然ながら英語ではありません。旅行者としてはメシを喰って、ホテルに泊まり、チケットを買ってというくらいならなんとかなるという、片言スペイン語はそれなりに身に付けましたが、細かい話など解るわけもない。まあ、雰囲気だけ味わってと思っていたら、あら不思議。それなりに解るところはわかる。
世界遺産の、ユソとスソと修道院でも同様の体験をしましたが、優しく丁寧に解説して下さる修道僧の方だからこそが第一。そして、このサモス修道院ではもうひとつの要素がありました。それは、この修道院がイタリアのモンテカッシーノ修道院を総本山とする宗派に属していることでした。
私は模型作りでは第二次世界大戦のドイツ軍派なわけですが、モンテカッシーノと言えばイタリアの山岳地帯に東西に築かれたゴシック・ラインの要衝。ドイツ降下猟兵が大活躍したかの激戦地ですから、知らない訳がない。もっともそんな事、知らない人にはちんぷんかんぷんでしょうが。
兎も角も、ベネディクト派の修道院の総本山であるモンテカッシーノは、山の上に聳え立つ立派にして高名な存在です。中庭を囲む廊下の壁には、聖ベネディクトの偉業の数々を伝える絵とともに、そのモンテカッシーノ修道院の姿の描かれていました。
てなことで、それなりに解って、うやうやしく修道僧にお礼を述べて修道院を後にしたのでした。

サモス修道院

↑道沿いにあって迷う事無く着くサモス修道院。フェンスがホタテのマークの連続で、如何にも巡礼路ですね。

モンテカッーノ

↑絵の中で山上に立っているのがモンテカッシーノの修道院。写真で、それも爆撃で随分と破壊された後のものを見たことがあるだけの私ですが、いずれにせよ小さくしか描かれていないので雰囲気ってとこですね。

巡礼路は西へ、サンティアゴ・デ・コンポステーラへと続きますが、ここで私達は北上しルゴへと向かいました。これまでの地方道LU633号線を後にし、LU546号線を取って約35km。
ルゴはローマ時代の城壁が残り、ぐるっと囲まれた中の旧市街という、観光客にとってはとても解りや安い街のつくりをしています。城壁に沿ったいわば環状道路にさえ辿り着けば、居場所は解るし、その道沿いに駐車場もあって車の旅で訪れるのにも最適です。駐車場は旧市街にもありますが、中に入る面倒よりも、大した距離でなければ歩いた方がよっぽど楽です。
山の中から降りてきた身としては、雨もなんとか上がってしばし寒さも和らいでと、気分が和みます。大きな街ですから、いつものように大聖堂や市庁舎なんぞを見て回りましたが、よーし昼飯だ!とこれがやはり何よりのお楽しみ。
中央広場の一角、外の席に陣取って、旅行気分とおいしい料理の両方を存分に味わいました。

ルゴ

↑それにしてもしっかりと残っているものです。このルゴの城壁に限らず、これまでにもローマの遺跡は幾つか見てきましたが、いずれもがそれだけ大した代物であり、建築技術なのだといつも感心させられます。

その後、途中でちょっとした街に寄ったら、いよいよ一路サンティアゴ・デ・コンポステーラへと向かいますが、夜の9時になってもほの明るいスペインも、この日は雨では夕方にして既に薄暗くなってきます。ゴールは近いというものの、あまり気分は乗らないね。
それでも義理の母は、「ゴゾの丘に寄って行こうよ。」
と一人元気です。
運転で疲れ切ったかみさんは、「えー、いいよ。」
と反対しますが、私としてはあまり無下なことも言えず、ナビゲーター役を果たしてゴゾの丘を目指します。こんな時は実の娘であればこそはっきりとものも言えるわけで、これが自分の母親に対してなら...
ゴゾの丘はサンティアゴ・デ・コンポステーラの街、つまりはその大聖堂を真近に望み、巡礼者の人達がついにきたぞと感涙に咽ぶ地です。が、この雨では何も見えはしませんて。と解っていても、一応は行ってしまう、まあ敢えて反対まではしかねる。
ということで、丘の中腹にある、はるばるやってきて明日は晴れの日を迎えるぞと巡礼者達が泊まる宿泊施設の駐車場に車を停めて、登り始めました。宿泊施設自体がとてもでかくて、そこを抜けるまでで既にずぶ濡れです。何しろ風もあって雨は横殴り。
それが宿泊施設を抜けて、丘の斜面ともなれば、もはや遮る物とてなく雨に撃たれ放題。
「だから言ったのにー。」
と、泣き声で訴えるかみさん
「何、言っているの。ここまで来たんだから。」
と義理の母は勇ましいが、私はあくまで無言。
「もうやだよー。」
と、もはや半狂乱ながら、仕方がないからと着いてくるかみさんに、私は心の中で一人呟きました。
「可哀想に。」
でも、今更引き返せないし、絶対に義理の母はあきらめる筈はないから、行くしかないのです。
丘の上に着いてみると、違う道を辿ればそぐそこまで車で来られたようでがっくりです。登って来る途中でほんの数人とすれ違ったけれど、誰も居はせず、何も見えない頂上で、モニュメントと一緒に記念撮影。ここまで来た証拠写真さえ撮れば後は何の用もありませんから、すたこらさっさと退散だ。
と、またもは女性陣から尿意の訴えが!
本日3回目のお外で開放的にです。丘の斜面には茂みがあって、そこへと2人とも消えて行きます。その後ろ姿に、またもや胸中で私は呟きました。「ご苦労様と。」

ゴゾの丘

↑撤収!と声に出して叫ぶ元気はもはやなし。無言で丘を下る姿に、レンズを覗く目が涙で曇る。

冷えきった身体でサンティアゴ・デ・コンポステーラへと向かいましたが、道が解らーん。地図上を辿ってはみたものの、新市街の何処だか、現在地を見失ってナビゲーターの私は青ざめる
かくして試練はまだ続く。
で、そのお話は街の様子とともに後編にて。
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