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ああ、フォンセバドン峠 ~レオン山地を行く~

2010年09月05日 11:18

レオンからは山の中へ

レオンはレオン県の県都ですが、そのレオン県はカスティーヤ・イ・レオン州で最も西にあります。その更に西隣はガリシア州で、この両州の間には結構な山岳地帯があります。スペインの内陸部がそもそも高原状なので、標高差ということではさほどでも無いかもしれませんが、標高そのものはそれなりになるわけです。
ところで、カスティーヤ・イ・レオン州という名称ですが、スペイン語のイは英語のアンドに当たります。つまりはカスティーヤとレオンの2つが一緒になったもので、中世にはそれぞれカスティーヤ王国とレオン王国という別々の国だったのが、スペイン統一への過程でひとつの国になったものです。イスラム教徒により今のスペインの国土のほとんどが支配された状態からのレコンキスタ=国土回復運動を経ていく過程での事ですから、戦いに勝つにはキリスト教徒同士は手を合わせねばということになったわけです。
とはいえ、スペイン語と私達が呼ぶのは、カスティーヤ語というのが正しいとも言われます。日本の場合でも、統一が進んで行った戦国時代に、それぞれのお国言葉がお互いに解らず意思疎通に困難をきたした話もあったりします。そして、スペインでは今でもバスク語やカタルーニャ語が残り、またそれらの地方には独立を志向する動きもあります。
それだけ、様々な特色ある地域ならではのものを楽しめるのは、スペインの旅の大いなる楽しみとなります。

と、話が脇道にそれましたが、レオンから西へ進むと徐々に山がちになってきます。
とはいえ、この日、最初に立ち寄ったアストルガ迄はまだまだ平かな高原を進みます。この辺りはマラガテリア地方と呼ばれますが、メセタと称される中央平原になおも位置しています。
レオンからは40km強ですので、高速AP71号線を使うまでもありません。高速の場合、単なるAとその後ろにPが着くAPがありますが、後者であるAPは有料の高速道路であって、所謂フリーウエイではありません。
今回は、高速AP71号線に平行して国道N120が走っているので、そちらを選びました。日本の国道なんぞと違って、町中はほとんど通らず、従って信号などまずはありませんから、スムースかつ結構なスピードで走れます。

さて、アストルガの街ですが、何と言ってもお目当てはガウディが設計した司教館です。ガウディ大好きのかみさんにとっては、これを見ずしてアストルガに行くなかれといったところです。
レオンのカサ・デ・ボティネスはなんだか普通でそれほどガウディらしさが感じられませんでしたが、ここアストルガの司教館は結構らしさがありました。特に保守的な宗教関係者、それも地域によってはそのトップとなる司教の住む館としては、なかなかに斬新と言えるものです。
現在はサンティアゴ巡礼を中心とした巡礼路博物館となっているので、中もゆっくりと見ることが出来ます。ガウディの大ファンであるかみさんは私以上にその特徴ある作りを礼賛することでしょうが、そこまででもない私にとっても、この世に直線は無いと叫び、自然界をそのまま建築に持ち込んだような、うねりながら広がり続く作りには他には無いものを感じます。
街には、大聖堂をはじめとして、ここでもまた幾つもの教会がありますが、それと同時にヨーロッパの街ではお馴染みの中央広場(多くはマヨール広場と称されますが)にも寄ってみるといいですね。広場の一角には決まって市庁舎が立っていますが、ここの市庁舎には、この地方の伝統衣装を着た人形2体が時を知らせる時計台があります。
ヨーロッパの街ではこの手の時計台が沢山ありますが、それぞれに特徴が、見せ方というものがあり、色々と見比べるのもいいものです。
さて、レオンでは中世祭りを堪能しましたが、なんだか祭りづいていて、ここアストルガではどうやら対ナポレオン戦争での戦勝記念日に当たったようです。ナポレオニックの愛好者ならそれこそ大喜びしそうな、当時の軍隊の軍装を身に纏い、銃を手にした人が街のあちこちに三々五々と立っていました。司教館の側にも居ましたが、中央広場に行くと戦勝記念日を祝うと思われる大弾幕などが出ていて、なるほどと相成りました。
今でも街をぐるりと囲む城壁が残るアストルガの街は、小高い丘の上に位置し、周りを見渡して伸び伸びと旅行気分を味わう私にはぴったりでした。街の南側に行くと、特にそんな気分が味わえます。
東西に長い長方形に近い形の街で、その東北の端に行くとサン・フランシスコ教会がありますが、その裏手には教会の装飾品を補修する工房がありました。道沿いにあって、それなりに大きな扉を開け放っているので、ちょっと覗いてみることが出来ます。そんな街の散策も、街の端から端まで歩いても20分迄はかからないという、お手頃サイズの街だからこそです。
それに、乾燥の大地から僅かながらも山へと入ってきて、暑さも少しは和らぐというものです。散策といっても、けだるい暑さに沈んだ街では.....。それと比べると気持ち良く歩けました。
ところで、アストルガ名物のお菓子って、なんでしたっけ?買ったのに何だったか忘れてしまいました。こちらは名物に上手いものなしとまでは言わないものの、記憶に残る程ではありませんでした。

アストルガの司教館

↑アストルガの司教館はガウディの設計ならでは。細かな装飾には、特にらしさを感じます。

市庁舎の時計台

↑市庁舎の上にある時計台では、民族衣装の男女の人形が時を知らせてくれます。もっと大掛かりなものもありますが、可愛らしくてアストルガの街に合ってるなと思いました。

気分はナポレオニック

↑私は第二次大戦派ですが、ナポレオニックもいいですね。軍装が指揮を鼓舞する華やかな時代。撃たれるから目立つなよという現代よりも、そりゃー格好いいですもの。

アストルガから更に西に進むと、巡礼路でも難関のひとつとされるフォンセバドン峠越えとなります。峠の標高はだいたいですが1700mまでにはならないかで、そんなにすごーい、大変な感じがそれだけとしません。
が、実際に行ってみると、実に山らしいのです。なんといっても、木は地を這うようなものが主となります。日本の山ですと、いわゆる森林限界を超えて這松など低木の世界となるのはそれこそ標高でいえば2500mとかでしょうか。それと比べても、標高から想像するよりもずっと高い山の世界と言えます。
それに、人が居ないのですよ。巡礼の人くらいしか。
アストルガからは高速も国道も北西へと走っていきますが、フォンセバドン峠を越える巡礼路はほぼ真西へと進みます。途中に小さな街というか村というかはありますが、地方道LE142号線は行き交う車も実にまばらな、それはもう完全は田舎道です。
峠の近くには石組みの小屋があり、丁度そこで何人かの巡礼者が休んでいましたが、ヤッケを着込んだその姿は巡礼者というよりも登山者そのものでした。この日は良い天気でしたが、霧が出て薄暗い中、やれやれという感じで小屋の外に腰掛けて、これからお昼の食事の準備といった様子に、元々が山屋の私は昔を思い出す気分でした。ホエブス(ガソリンストーブの一種)焚いて、ご飯にしましょ、の風景だったのです。
峠で車から降りると、気温はぐっと下がって、寒いとまでは言わずとも、あの乾燥の大地の暑さは何だったのだろうと思います。鉄の十字架が聳え、道を教えてくれる名物の石の小塚が立ち並ぶ峠には、停まる車もまばらです。わざわざこの峠を車で越えるのは、物好きということでしょう。
実は、かみさんに運転を任せて、私と義理の母は峠の手前で少し歩いてみましたが、正しく山道でした。土の道に所によって石がゴロゴロ。霧に周りを囲まれて、涼しい風に吹かれると、全くの山登り気分でした。はるかフランスからやってきて、疲れ切った身体には結構厳しかろうなと想像されます。くだんの小屋で休んでいた巡礼者の中には、ほとんど横になってる人も居たのが頷けます。

しかし、いよいよ驚いたのは、峠を越えたそのその先でのことです。
地方道とはいえ、一応は車が普通にすれ違うことが出来るれっきとした道です。それが、峠を下って暫く行った先でそのまま街に入ったかと思うと、なんとその狭い事。山の背に作られた街のようで、道もそこを避けて通ることは出来ないのでしょう。馬が行き交った時代そのままの道という感じで、いきなり街の中を通る石畳の道と化しました。
それに町並み自体が全く昔のまま。中世とまではいきませんが、少なくとも今の時代の町並みではありません。ちょっとタイムスリップした気分になりながら、しかしドライバーはかなり真剣です。だって、後ろに大きなトレイラーを付けたキャンピングカーが反対側から登ってくるんですから。なんだってこんな所に来やがるんだと、思わず胸の内で毒づく私でしたが、果たしてドライバーの胸中は?
ちなみに、峠からの下りはかなりの傾斜でした。西から登って来る時はそれほどでもありませんでしが、東側はかなり前のめりに感じる所もある程で、ドライバーはすでにいささかびびり気味。そこへもってきて、予想もしない町中の狭い道に突然なったうえ、おいおいキャンピングカーかよ!

セブレイロ峠

↑小雨そぼふる御堂筋ならぬフォンセバドン峠。雨というか霧雨でしたが、暑ーい所からやってきましたので.....

いきなり町中の道

↑何しろ完全な一本道ですから迷いようも無く、あっという間にこんな道に。この時、反対側から来たのはキャンピングカーでしたが、馬車がやってきても当たり前に思ったかも。

車で廻る巡礼者もどきにも、しっかりと神は試練をお与えになるのでした。(続く)
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