スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ブルージュを起点に② ~オステンドより、進路変更~

2009年10月26日 22:27

ブルージュからちょっと足を伸ばすということでは、オステンドは電車で僅かに13分と、実に近い街です。ブリュッセルからきてブルージュを通る鉄道の幹線の終着駅ですので、電車の本数もかなりあります。

オステンドの魚市場

↑オステンドの港の脇にある小さな魚市場。魚の種類はさほど多くないが、新鮮だよね。

ただ、行ってみると、それほど味わいがあるわけでもありませんでした。
海浜リゾートとして発達したという経緯から、中心部にはそれなりの古い街並もないわけではありませんが、ホテルやリゾートマンションの方が目立っています。ヨーロッパらしさとして、教会や歴史ある建造物などを求める場合には、正直に言ってあえて訪れることもないでしょう。
その場合は、かつてブルージュが商都として栄えた時の外港である、ダムの方が良いと思います。船で往復というのも楽しそうですし(バス便もあるようですが、いずれの場合も限られた本数なので時間には気を付けましょう)。
では、何故、私達がオステンドを訪れたかといいますと、そこから海沿いにデ・パネまでトラムが走っており、その沿道沿いに良い所があるのではと思ったからです。海ということでは賑やかなのは夏でしょうが、引退したベルギーの人達にとってこの海沿いで暮らすのはひとつの憧れとか。
それなりに余裕のある人達が暮らしているのなら、食べる所などもそれ相当のものを見付けられることでしょう。それに、何と言っても海の物に期待。だって、この旅行でここまで海産物はそれ程には口にしてこなかったのは、新鮮なものを海沿いでと最初から計画してきたからなわけで。

ブルージュからすぐのオステンドですから、一回り街をぶらついたところで、まだお昼には間がありました。とはいえ、事前準備とばかりに港の近くの小さな市場を覗いたり、道沿いに並び始めたシーフードの屋台をひやかしたりして、それとなく旬のものは何かと当たりは付けました。
そして乗り込んだトラム。
事前に得ていた情報は、単にトラムに乗ればデ・パネへ抜けること。そして、デ・パネからは、またベルギー国鉄の路線があってブリュージュに戻れること。それだけですから、要は行き当たりばったりだったとわけです。
さーて、どこか良さそうな所はないかな?なにしろ、トラムとは即ち市電ですから、ゆるゆるとした走りで、沿道をゆっくりと観察出来ます。
が、行けども行けども、食指を動かされるような街には出会いません。あるのはただ新旧のリゾートマンション、それも結構、空き室有だったり、新築だけどそれ程には売れていなそうだったり。なんだか、前回に書いた景気減速の影響がここにも、の感です。
それにしても、高齢者が多いのは確かでした。トラムに乗っている人の大半は引退生活の人々のようですし、高齢者が多いせいか街に活気が感じられません。
失敗したかなと思ったのが、オステンドからデ・パネまでの半分も進む頃には、もはや悲しい確信に変わっていました。そんなこと、他の二人には言えませんが、後から話してみればなんであのトラムに乗ったの???と、疑問系を装った批判がやんわりと。
私にとっては、途中、第二次大戦時のドイツ軍が築いた海岸防衛陣地の跡を電車から垣間みたことが、唯一の収穫でした。また行くことは無いかもしれませんが、フランスのノルマンディー海岸などにもあるようで、ちらっと見ただけながらもその当時のままかと推察されたので、他でその機会があったら見る価値はあると判断しました。

オステンドからのトラム

↑15分おきと頻繁に出ているトラム。でも、あまり観光には用無しかな?

そんな私の想いは別にして、淡々と走るトラム。それにしてもゆっくりだ。
それぞれの席に無言で座り、実に1時間半近くを費やして到着したデ・パネ。ここもまたリゾート地であり、第一次世界大戦ではベルギー王室がブリュセルから退避してこの街に居たとかで、期待させるものがありました。美味しいものが食べられるかなーと。
そんな期待を打ち砕く、人影もまばらなデ・パネの市街地。鉄道駅まで行くと何も無いとは本で読んでいたので、もはやここが最後のチャンスですが、どうにもトラムを降りる決心がつきません。
そして通り過ぎる街の中心部。その先には遊園地がありましたが、停まる車がこれまたまばら。なんだか寂しい所に来てしまったなーと思っていると、もはやトラムのお客も私達3人以外にはほとんど居ないし。
で、終着駅はそれこそ何も無い、デ・パネの鉄道駅
こんなのを読んでも、それでもトラムに乗って行ってみようかという方がいましたら、どうぞ夏にしてみて下さい。そうしたら、素晴らしい面が見れるかも?

もうお昼時は外しつつ有るのに、駅の回りを見回したって何もありはせず。ではどうしようといっても、何の計画もこれまた無し。と、途方に暮れつつも、時間だけは空いた分あるわけで、それじゃあ何処か行ってみましょうか。
やおら取り出すガイドブック。それと駅の鉄道路線図とを照らし合わせ、決めた行き先がコルトレイク(Kortreijk)。
この時、実際にはこの街のことが載っている「ベルギーの田舎町」(旅名人ブックス73)は宿に置いてきてしまっており、ガイドブックだと地図に町の名前があるだけでした。でもですよ、随分と楽しみにして「ベルギーの田舎町」に何度も目を通していたので、見所などを覚えていたわけではありませんが、良い街だった筈と頭の中で訴える声が。

コルトレイクの鐘楼

↑コルトレイクのマルクト広場に建つ鐘楼。風情があるでしょ。

腹を減らした相棒達が、ぶつぶつと違う訴えを、一応は遠慮しながらも口にするのをなだめすかしつつ電車での移動です。下調べをしていないので、ディスクムード(Diakmujde)での乗り換えでは、隣のホームに既に準備完了で発車を待つコルトレイク方面への電車へと走り、ホームの係員に間違いないとは思いつつも確認する私。乗り換えた後は、もう着くかなと訊いてくる相棒に
「そうだね、もうそろそろかな。」
と、その度に答える。そうです、私はこの日、正しく添乗員と化しました。
そして、優秀な添乗員であることを見事に証明したのです
古くはローマ植民都市であるコルトリアクムに起源をもち、フランドルの中心都市の一つとしてフランスの圧政へと叛旗を翻す戦いに参加したという、リネン産業で名を馳せた、栄えある街。見栄えのする教会もあれば、世界遺産に登録されたペギン会の修道院もあります。それらを見にやってくる団体客だって
街のヘソとなるマルクト広場、そしてその回りにあるレストランと、お約束通りの展開も。やはりこうでないとという、求めるものが得られる幸せというか、この時は安堵。
もっとも、ここコルトレイクもまた、あちこち工事中ではありましたが。

ローゼンバッハ

↑コルトレイクから近いルーセレーラに醸造所があるローゼンバッハの、これはクラシック

コルトレイクの食事

↑海の物を食べると決めていたのでエビをいただきました。大きくてプリプリでした。

コルトレイクまで、デ・パネからは乗り換えが一度ありましたが、接続はばっちりで、所要時間は1時間をし少し超える程度でしたでしょうか。
ブルージュへ戻るのには直通の電車があり、やはり1時間程度だったと記憶しています。ローカルの各駅停車でしたが、主要幹線では概ね急行(IC=インターシティー)を利用するところ、ローカル線では急行の本数が少ないとか行き先が合わないとかで、各駅停車の利用が多くなります。
列車の編成が短いうえに、一両毎の長さがあまりなくて座席数が少ないので、ローカル線のくせに混むなーと感じます。それに、現地の人に大きな身体でゆったりと座られると、随分と座席は狭いものとなってしまいます。ローカル=現地ということで、小さな駅でもそこの住人が降りて席はいずれ空きますが、むしろ空いた電車が当たり前と思っていたので意外な感じがしました。
電車に関して言えば、ローカルはのんびりではあるものの、ゆったりはむしろ幹線なのがベルギーでした。


最近の記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。