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ブエルタ・ア・エスパーニャで巡るスペインの旅(アラゴン王国の古都へ)

2007年09月07日 23:38

スペイン王国の礎
stage 7
また拡大してねー。

カトリック両王という言葉に聞き覚えがありますか?
イスラムにより長らく支配されたイベリア半島において、キリスト教徒によるレコンキスタ=国土回復運動は、幾つかのキリスト教国を誕生させました。そのひとつがアラゴン王国であり、サラゴサはその都となりました。ピレネー山脈から勢力圏を南へ拡大したアラゴン王国は、やがてカタルーニャと合体しつつ地中海沿岸を更に南へと進みました。
そして、1469年に時のアラゴン王フェルナンド5世は、カスティリア女王イサベルと結婚し、その後も紆余曲折はあったものの、ここにスペインの基盤は固まったのでした。この2人は共同統治の体制を敷いたので、カトリック両王と称されます。
サラゴサはアラゴン自治州の州都ですが、自治州という言葉にこのような過去の歴史的は経緯を感じさせられます。また、一般にスペイン語といわるのはカスティリア語のことであるといいます。独自の言語体系を持つバスク語や、未だに独立論争が残るカタルーニャ地方の言葉と比べれば、アラゴンの古語はカスティリア語とそれほど大きくは違わなかったかと思いますが、そのような異なる言語に象徴される多様性がスペインの魅力を高めていると私は考えます。

さて、リオハ州の南の山沿いからアラゴンの地へと入って行きますが、コースはやがてエブロ河沿いの国道232号線となります。昨日のコースでも長らく辿ってお馴染みの河、そして道です。現代のように交通手段が発達していなかった時代にあって、河川の持つ意味は遥かに大きなものがあったことでしょう。古代ローマの都市が温泉の存在にも誘われつつ、主な河川の重要な渡河点に築かれたのも、もっともな話です。
本日のゴール、サラゴサもそのような街のひとつです。スペイン内陸高地の大地、その北部を東西に流れるエブロ河とともに、これに沿って走る国道232号線(そして高速A-68号線)は交通の大動脈と言えましょう。今回のコースからははずれてはいるものの、その国道が通る、ナバラ州の街であるテュエダ(Tueda)もまた古くから栄えました。イスラムの支配に服する以前から、またユダヤ人は交易の地として重要視したといった歴史により、城そして様々な時代の宮殿や貴族の館が建ち並んでいます。昨年の旅で一時は訪れる街のリストに挙げたのですが、残念ながら具体的な日程を組むうちに断念せざるを得なくなりました。田舎町というにはいささか大きすぎるものの、大都会とまでの大きさではありませんので、車ですと大きな街はどうもという私達にも比較的、訪れ易そうでいつかはとの思いも持ちます。

大きな河のある所では多くの物産が取引されます。そして、河は周辺の土地に洪水という厄災の代わりに、豊かな実りの素となる養分をもたらします。今朝、台風による大雨で多摩川の河川敷は水に覆われていました。現代のような堤防が築かれていなかった時代ならば、周辺は水浸しとなったことでしょう。その点、蛇行するエブロ河は遥かに自然のままです。それは今でも厄災と実りの素をもたらす存在を意味するのでしょうか?厄災は困りますが、実りは即ち美味しい物を意味するわけで、昨年は食べそびれてしまったチリンドロン・ソース(アラゴンからリオハにかけての有名なソースで赤ピーマン・トマト・タマネギ・ニンニクなどよりなり、羊や鶏肉にかける)の料理をいずれは味わいたいものです。
アスパラガス


コシード

   肉料理は大好きですが、野菜も美味しい
   最初にそう思ったのは2005年のイタリア南部の旅ででした
   そしてスペインでも 大地の恵みをしっかりと受け取った実りは素晴らしい
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